ShortShortStory

  とっても小さな小話。ちょっとしたリク等ございましたら拍手にてどうぞ。

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しあわせの定義/4捏造・GN

 
 
「~~~っくうぅぅぅぅッ! やっぱこういう日はビールですよ」
 
 随分と親爺臭く唸った成歩堂は、上唇に泡を付けて笑みを浮かべる。
 唐突な夏日の気温にだるそうにしていたのはつい最前の事だというのに。
 すっかり機嫌をよくした彼は、肴に出してやった茶豆を一つ咥えて中の豆を吸うように頬張り、再びジョッキを煽っている。
 
「はー……しあわせ……」
 
 一息に流し込むなりそう呟いて、テーブルの上にだらしなく顎を乗せた。
 お手軽な幸福もあったもんだぜ、と神乃木は苦笑して緩みきった成歩堂の顔を眺める。
 それから自らも同じようにビールに口を付けた。
 舌に弾ける炭酸の軽い刺激。
 清々しく鼻腔を掠める華やかな薫り。
 喉奥へと流れ込んでいった後に残る、ほろ苦くも甘い風味。
 その冷たい液体が胃に落ちた瞬間、体の隅々までが潤ったように錯覚する。
 ――なるほど。確かに、今日のような日の終わりにはビールである。
 成歩堂の先の言を胸中で改めて納得していると、あからさまに不躾な視線を感じた。
 
「……なんだい、コネコちゃん」
「今、妙な笑い方しましたよね」
「――?」
「やーな感じー。ぼくの事であまり良からぬ事でも思ったんじゃないですか」
 確かに考えていたのは成歩堂に関連する事柄であるが、別段悪し様に捉えていたのでもない。
「クッ……! 熱く滾る闇は常に芳しいアロマを纏っている……だが、そのアロマだけで誰もが判別できるほど珈琲は浅くねえのさ、まるほどう……」
「……ビール飲んでてよく珈琲が想起できますね。感嘆するばかりですよ。……それで?」
「アンタ……思い当たる節があるのかい?」
「最初っからそう言ってくださいよ。思い当たる節なんて……ある訳ないでしょう。だって今日もぼくは通常運転ですもん」
「だからこそ、だろうぜ」
「酷ェ」
 
 顎をテーブルへ載せたままに成歩堂が眉を顰めて睨んでくる姿がおかしくて、神乃木は首を傾げて笑みを刷いた。
 成歩堂は憤慨するかと思われたが、大して気に障る事もなかったようで存外あっさり白状した。
 
「まぁ、その。さっきの自分が親爺染みてたなって、ちょっとうんざりしたくらいですけど」
「よくわかってるじゃねえか」
「ゴドーさんもそう思ったんでしょ。だから笑ったんだ」
 
 それでもやはり少し拗ねていたようで、成歩堂はそのままの姿勢で顔だけをつい、と背けてしまった。
 だが、本気で気分を害しているのでもない事は勿論神乃木はわかっている。
 ちょっとしたスパイス、とでも言おうか――七年もの歳月、けして短くはないその期間で培ってきた繋がりが、二人を近しくした結果の他愛もない戯れなのだ。
 
「いや……オレはビールが美味いなと思っただけだぜ。アンタが言ったとおりにな」
「何でその程度で笑うんですか」
「笑っちゃいけねえのかい」
 
 思わず笑みを零すことすら咎められるとは。流石に神乃木も驚愕する。
 
「ゴドーさんの笑い方、なんかやらしいんですよ」
 
 とんでもない言い掛かりである。
 
「……アンタ、そりゃやらしい事して欲しいって願望かい?」
 
 
 恣意的に唇を歪めて見下ろしてやると、途端に成歩堂は起き上がって慌てふためくように激しく首を振った。
 
 
 
 
 ビールを心底美味いと感じるのはいつだって最初の一口だけだ。 
 後は漫然とジョッキを空にして、別のアルコールに流れていく。
 ならば最初から流れ着く先の酒を飲めばいいものを、敢えてビールを最初に選ぶのは、やはりその最初の一口が何にも変えがたく美味く思えるからだろう。
 そうしてみると、ビールとは大衆的な割に果敢ない内情を抱えた飲み物である。
 
 ビールを飲み続ける成歩堂に鰯の味醂干しを軽く炙る傍らで、神乃木は鮎を焼く。
 塩塗れで串を打たれた鮎は、解禁されたばかりの若いものだ。
 稚鮎ならば薄く衣を着けて天麩羅か唐揚げにしてもよいが、このサイズならば断然焼くに限る。
 ジョッキに残ったビールを飲みながら加減を見る神乃木の脇で、成歩堂が冷蔵庫の製氷室を開けている。
 その手には氷ポケットのついた切子の徳利を持っていた。
 
「鮎でしょ、それ。冷たいのがいいですよね」
 
 返事を待つつもりはないらしく、ポケットにガラガラと氷を落としていく。
 食に関わる好みはデリケートなものだ。
 嗜好品である珈琲に特段の拘りを持つ神乃木は、当然珈琲以外の飲食にだって拘りがある。
 とは言え、美食家などと気取った大層な拘りではない。
 美味いとわかっている物を美味いと思えるように食べたいという程度の可愛いものだった。
 
「ワインセラーに純米生酒があったろう。ソイツの封を開けるといいぜ」
 
 指定を出しつつ、勝手に判断してその辺りの機微を適当にこなすようになった成歩堂に神乃木はまた笑みが浮かぶ。
 
 ――成歩堂がまだ事務所住まいではなかった頃、広いとは言えない彼の部屋に訪ねた事がある。
 その時に振舞ってくれた夕飯がカルボナーラとインスタント味噌汁だったのを考えると、成歩堂も随分わかってきたようである。
 満足げに味醂干しを皿に上げた神乃木は次に米を量る。
 こうして飲んだ後、成歩堂は大体においてご飯物を所望するのだ。
 それも執拗に。
 仕入れた鮎は四尾。焼いている鮎の内の半分でせっかくだから鮎飯にでもしようか。
 きっと多くは食べないだろうから一合程度にして、出汁茶漬けにでもしてやって――と、そこまで考えてから神乃木も、なんだ、と呆れた。
 
 結局は自分も「わかってきて」しまっているんじゃないか。
 
 
 
 
 何が絞りたてやらよくわからないが、混じり物のない日本酒はみずみずしい新鮮さに満ちた爽やかなものだ。
 これから盛りに向かう若い鮎の薫りを損なう事がない。
 酒肴の組み合わせが甚く気に入ったらしい成歩堂は、まるで水の如くに気安く杯を空けていく。
 成歩堂は酒に強い方だと思うが、酔いが過ぎると前触れもなく寝てしまう。
 初めて見た時には驚いて神乃木が自分の罹り付け医に駆け込んだ程、それは突然訪れる。
 出鱈目な造作をした体の成歩堂が過去に大風邪を引いた原因の殆どがそれだと言うのだから大概である。
 当人も反省はしているらしく滅多に行き過ぎる事はないのだが、年に一回は昏倒していた。
 気分宜しく飲んでいるのはいいが、このペースは危ないかもしれない――神乃木の頭の片隅で悪い予感がひしひしと渦巻き始める。
 
(……どうせオレの家だ。構うこたァねえか……)
 
 しかし、直ぐにそう思い直し、神乃木はあっさり諦めた。
 味醂干しを平らげ、鮎を平らげ、今度は茗荷のお浸しと焼いた筍を摘まんでいる。
 
「あっはっは。ぼくが焼いたから焦げちゃってる。もったいなーい!」
「……茗荷も茹ですぎだぜ。アンタ、もう胡瓜でも食ってろ」
 
 焦げた筍の穂先を箸でつまんでケタケタと笑っている成歩堂に呆れ果てながら、神乃木は煙草に灯を点す。
 まったく何という事をしてくれたのだろう。
 今年の筍は異常気象で収穫が遅れ、しかも出来がよくなかったという。
 毎年、真宵が里の竹林で採れたものを春美が届けてくれるのだが、例年に比べて身が細く数も少なかった。
 貴重な筍だったのだ。
 それでもあと一回はこれで炊き込み飯が作れたというのに、憐れ無残な姿である。
 みぬきが楽しみにしていたと言うのに、碌でもない父親のおかげでこの様だ。
 びちゃびちゃのぐずぐずになっている茗荷を口に放り込んで眉を潜めて咀嚼する神乃木を、成歩堂は不意に呼んだ。
 
「神乃木さん」
「……なんだ」
 
 珍しく呼ばれた本名に目線だけ成歩堂に向ける。
 成歩堂は淋しげとも、愛しげとも、如何とも言い難いような表情で神乃木を見ている。
 
 
「神乃木さんは、幸せですか」
 
 
 躊躇いを一切見せず、成歩堂が問うてきた。
 これまでの経緯と微塵も関連性のない、脈絡もない問いかけ。
 哲学を語る学者のように厳粛な面持ちで、成歩堂は神乃木をじっと見つめている。
 真っ直ぐに。
 
 外郭からは窺い知れない成歩堂の思考は突飛で、時に余人の想像を超える言葉を齎す。
 短絡的にも思えるそれは、しかし当人の中では明快に繋がった一つの思考の元で生まれていることを神乃木は知っている。
 だから、何と応えていいのか、神乃木は惑う。
 筋の通った会話の中でなら、成歩堂が気に入るように答えてやったり逆に揶揄したり、煙に巻いた言葉遊びを楽しむなりできるのだけれど。
 この手の問いかけは、そうではないのだ。
 そうしてはいけないのだ。
 
 禅問答のようだ、と思う。
 この問いかけに対する答えは、誰かに配慮した言葉ではなく、正解を模索した言葉でもなく、自分の内に秘めた真実と自ら向き合った答えでなければならないのだから。
 適当な言葉で誤魔化す事はできない。
 神や仏を信じている訳ではないけれど、否定している訳でもない神乃木は、こうした時に思うのだ。
 神から命題を提示された瞬間の聖人達は、きっと今の自分と同じような心境ではなかったろうか、と。
 そんな神聖なものでもないけれど、この感覚は限りなく近しいだろうと思うのだ。 
 逸らすことなく見据えてくる黒い双眸を、神乃木も見詰め返す。
 陽光届かぬ青を秘めた深海のように不可思議な色合いをした眼は、神乃木の中の真実を暴こうと瞬く。
 
 いい眼だ、と神乃木は思う。
 
 記憶の彼方に過ぎ去っていった法廷で、逆境の中の遊戯を演じる中で、成歩堂はいつもこの眼で誰にも見えない真実を見ていた。
 その眼に神乃木は容易く昂揚してしまう。
 その眼の見ているものを自分も見たいと望んでしまう。
 それがどんなに醜くても。
 どんなに惨めでも。
 
(……いいぜ、『弁護士』クン。アンタの大好きな真実……)
 
 
 みっともなく曝してやろうじゃねえか。
 
 
 
 
 幸せ――改めて考えると神乃木にとってこれほど難解なものはない。
 毒を盛られ五年も眠りこけている間に愛していた女は殺された。
 やっと回復した時には後悔などできる状況ですらなく、身体機能さえも儘ならない不自由な肉体を抱えていた。
 滾る憎悪にいつしか囚われ、どうしようもない過ちを犯した。
 愛した女の妹を守るという大義名分の元に、愛した女の母親を殺した。
 腐り果てた自分に真実を突きつけた唯一人の人物は、目を離した隙に見知らぬ者の情念に絡め取られて引き摺り下ろされていた。
 そうしてぐだぐだと七年間、その気味の悪い怨嗟を共有して現在がある。
 どう解釈しても幸福とは言い難く、また幸福になる資格もないだろう。
 しかし神乃木は自分を不幸だと思わなくなったし、不幸で居続ける必要もないと思っている。
 
 短くなった煙草の熱を指先に感じて神乃木はそれを灰皿に押し付けた。
 じわりと広がる微かな痛み。
 
 おいそれと幸せとは言えず、幸せではないと嘘も吐けない。
 それを表す言葉を神乃木は見つけられない。
 
「ゴドーさん。……もう十年です」
 
 答えあぐねている神乃木に、成歩堂は諭すような口調で静かに告げる。
 神乃木は成歩堂の顔をもう一度見遣った。
 
「千尋さんが死んで、もう十年……アナタは、幸せですか」
 
 穏やかな声の抑揚のとおりに、成歩堂の表情に感情の揺らぎは見えない。
 それでも。
 神乃木は見逃さなかった。
 成歩堂が一瞬、言葉を切ったその一瞬に、問いかけの直前に見せたあの表情を浮かべた瞬間を。
 その些細な変化に、神乃木は今度は得体の知れない不安を覚える。
 いや、不安と言っていいのだろうか。
 限りなく恐怖に近いが、それとは全く異なる、痛切で儚い感慨だった。
 
(……クッ! 何を臆していたんだ、神乃木荘龍……らしくねえぜ)
 
 その感情を捉えた神乃木は特有の傲岸不遜な笑みを思わず浮かべていた。
 
「ゴドーさん?」
 
 当然それは成歩堂の目に留まる。
 訝しげに片目を眇めた成歩堂に、神乃木は今度は明瞭に成歩堂に見せ付けるようにして唇を歪める。
 
「ならば、逆に訊くが……アンタは、幸せかい? まるほどう」
「……ちょっと。ぼくが質問したんですよ。先に答えてください」
「人に物を尋ねるならば先に自分が答えるべきだろうぜ……アンタが答えたらオレも答えてやるさ。話してみな、コネコちゃん……聞いてやるぜ」
「ずっるいなぁ! そう言って誤魔化すつもりでしょう!?」
 
 先程までのバカみたいに深刻で静謐な雰囲気が勘違いだったかのように、二人の間にいつもの空気が流れている。
 だが、誤魔化すつもりなど毛頭ない。
 幾ら空気が変わっても、あの真摯な問いの答えを示さねばならないと神乃木はわかっていた。
 
「アンタが答えたくないならオレが代わりに答えてやろうか……アンタは『幸せ』だと答える筈だぜ!」
「いやに自信満々だな!」
「だが……間違ってないだろう? コネコちゃん」
「……違わない……ですけど!」
 
 そうでなきゃ困るぜ、と神乃木は内心ほくそえむ。
 成歩堂のように本来は後ろ暗いところが何もない真っ直ぐな生き方をしている男が、幸せでない筈がないのだ。
 幸せでないと感じるのなら、それは欲を張っているか不幸に憧れているかのいずれかだ。
 
「確かにぼくは幸せですよ! 酒は美味いし、飯もうまい!」
「しかもそれを提供してくれる人間がいる……至れり尽くせりだな、まるほどう」
「……何ですか、自分のおかげって言いたいんですか」
 
 不機嫌丸出しにじっとりと睨んでくる成歩堂に、神乃木は哄笑したくなる。
 それでも、このタイミングで笑い出せば成歩堂の機嫌を完全に損ねることは火を見るより明らかであるから、寸でのところで留めた。
 
「なぁ、まるほどうさんよ」
「何ですよ」
「オレも、酒は美味いし飯もうまい」
「そうでしょうとも。同じもの食べてるんだから」
「筍と茗荷は戴けなかったが……」
「五月蝿いな」
「美味い酒と美味い飯を食って、アンタの間抜けな顔を見る……それがオレの日常だ」
「馬鹿にしてんですか」
 
 すっかり不貞腐れている成歩堂を無視して神乃木は続けた。
 
 
「そうした時に……淋しいと思う時がある」
「……!!」
 
 拗ねていた成歩堂が瞠目する。
 より一層大きく開かれた丸い目に、自分はどんな顔で映っているだろうか――それすらもわからないまま神乃木は瞭然と言い切った。
 
「それが、オレの答えだぜ……成歩堂」
 
 幸せかそうでないか、という二つの答えのどちらかではないけれど。
 それでも、成歩堂にはわかる筈だ。
 その感情を、きっと知っているだろうから。
 
 見開いていた目を数度瞬かせた成歩堂は、神乃木の予想通り此処最近では滅多に見せないあの笑顔を綻ばせた。
 
 
 
 
「……さて。そろそろ鮎飯が炊き上がる頃合だぜ」
「あ! ぼく山葵、生のやつ刻んでくださいね! チューブのは辛いから!」
「……」
 
 鰹節を削る準備を始めた神乃木に、成歩堂がテーブルから注文をつけてきた。
 本山葵のストックが残っていただろうか――神乃木はあからさまに剣呑な顔をする。
 どうも最近食べ物に我侭になっている気がする。
 甘やかしすぎただろうか。
 それでも、成歩堂が美味しいと言う姿を見たくて、わざわざ冷凍庫を漁ったりしてしまうのだ。

 炊き立ての鮎飯を小丼に盛る。
 炊飯器で一緒に蒸していた焼き鮎をその上に乗せて、刻んだ山葵を添える。
 テーブルに運んでから出汁を回し掛けてやると、待ちわびていたと言わんばかりに成歩堂は鮎飯茶漬けをすぐさま掻き込んだ。
 猫舌なんじゃなかったのか、と思っていたら案の定「熱!」と舌先を出して涙ぐむ。
 氷が溶けて徳利に溜まっていた水を杯に注いで渡すと、成歩堂はそれを口に含んでほっと安堵の吐息を漏らした。 
「あー、熱かった……でも美味しい! しあわせ~……」
 
 緩みきった表情でそう零す成歩堂の頭に、ぽん、と手のひらを乗せ、神乃木は「そりゃよかった」と呟いた。
 
 

2/14 PM8:00 snow pellets/3-4捏造・GN

 
 
 
「……あ、ぼくです。今日ちょっと会えます? ……ええ、8時くらいに。そっち行くんで、出てきてくれますか」
 
 
 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
 
 
 ――その日、成歩堂はとある展示会に足を運んだ。
 
 トノサマン撮影監督・宇在拓也が主催するサブカルチャー系アート展だ。
 弁護士であった頃に携わった事件の関係者で、その頃から何かと縁がある。
 成歩堂が弁護士を休業してポーカープレイヤーになったと聞き知った彼は、時折ボルハチに金を落としに来てくれていた。
 宇在は好き嫌いの分かれる独特のキャラクターであるが流石に博識で、且つ広い情報網を持っている。
 自身を弁護士から転落させた事件の真相を未だに追い続けている成歩堂にとり、ある点において彼の齎す情報は非常に有用であった。
 
 
 成歩堂が調査しているのは捏造された証拠品――或真敷天斎のメモである。
 この証拠品を調査するに当たって先ず製作元を探る必要があるのだが、見当もつかなければ糸口も見えない。
 初端から頓挫してしまい困り果てた成歩堂は、仕事にまでその重い気分を引きずってしまっていた。
 要するに、ポーカーフェイスがいつもの不敵な笑みから仏頂面になっていたのである。
 撮影監督だからこそなのか、宇在はヒトの表情の変化に敏かった。
 不機嫌の理由を問われ、破れかぶれになっていた成歩堂は内容を誤魔化しつつも愚痴をぼやいた。
 本物に似せたニセモノの『ある品』を得体の知れない人物に譲ってもらった事、それはオーダーメイドらしいのだが詳細情報が不明で気になって仕方ない事、絵ではないが紙一枚に描かれたもので成歩堂自身が芸術だ何だという分野に興味がないから調べようがない事――概ね外れていない辺りで話して聞かせた。
 すると宇在は「鑑定団に出せばいいのに。(笑)」と軽く言い放った後で、「いわゆる二次創作だよね。(笑) あ、いいよいいよ。(笑) 他人に見せたくないもの……なんでしょお。(爆)」などと訳のわからない独り言をぼそぼそと呟きつつ、このサブカル・アート展のチケットを渡してくれたのだった。
 どうやら「本物に似せたニセモノ」を扱っている展示会らしい。
 身動きもとれないままでいるよりは、手掛かりになるものが得られるかもしれない――そう考えた成歩堂は宇在の好意をありがたく受取り、高菱屋のイベントフロアで開催されている展示会に出かけたのだった。
 
 展示会はアニメキャラクターやロボットなど、成歩堂にはいまいち理解しがたいオブジェやイラストばかりで成歩堂の求めているものとは方向性が違っているようであった。
 中には娘のみぬきが毎週観ている魔法少女戦士のアニメや真宵達が大好きなトノサマンなどがあったので少しは興味を持って眺められたが、収穫と言えるものはまったくと言ってよいほどなかった。
 白紙に戻ってしまった事への失望をやり過ごそうとイベントフロアに設えられた喫茶スペースに向かうと、特徴的な風貌と仕草の人物が、宇在に対して忙しなく質問をぶつけていた。
 少し離れた距離からも匂ってくるミント臭に、飲んでいるぶどうジュースがまるで薬用洗口液であるかのように思えてくる。
 宇在ですら彼を煙たがっているらしく、落ち着きなく周囲を見渡しては逃げる隙を伺っているようだった。
 宇在に哀れみを抱きながら何となく眺めていたら「あ! 成歩堂くん!(困)」と、厚いレンズの下で救いを求めて声を掛けてきたので、軽く手で合図して拱いてやった。
 会話を無理矢理打ち切った宇在が成歩堂の向かいに嬉々として腰掛けると、ミント男は暫く此方を見ていたが、諦めて展示会場の外へと出て行ったのだった。

「何ですか? ……彼」
「記者だよ、記者。(呆) もう参っちゃうよお。(怒) 著作権を誤魔化してるだの何だの言いがかりつけられちゃって!(怒) きちんと手続きはしてあるのにひどいよねえ!(泣)」
「後ろめたい事がないなら堂々としてれば大丈夫ですよ。何なら弁護士に相談してみたらどうですか? ぼくはもう弁護士じゃないから力になれないけど」
「ナニそれ自虐ギャグ?(笑) まあ撮影所が顧問弁護士雇ってるから心配はしてないかな。(笑) フリーの記者は何もなくても裏を探ってくるからねえ。(呆) 特に彼は偽造だの裏社会だのってのを追いかけてるみたいだから。(疲)」
 
 ――偽造。
 ――裏社会。
 このふたつのキーワードに、成歩堂の脳裏がざわつく。
 
「……彼のこと、もう少し教えてもらっていいですか?」
 
 気付けばかつて法廷に立っていた時のような真剣さで、宇在へと身を乗り出していた。
 
 
 
 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
 
 
 
 
 空が低い。
 厚い雪雲に街明かりが反射し、心なしか明るい夜である。
 足早に帰路につく人波から逸れるように成歩堂は細い路地へと入り、目的地であるところのビルの脇に身を寄せた。

(葉見垣正太郎、か……)

 柔らかい無精髭が疎らに生えた顎を摩り、記憶を反芻する。
 固く凝縮した霰がちらついているが、寒ささえも気にならないほど思考に没頭していた。
 宇在も詳しい事はわからないようで、葉見垣について得られた情報は乏しい。
 外見からは想像もつかないがアレでなかなか鼻の利く記者のようで、スクープ記事を幾度もモノにしているらしい。
 そうなると後は僅かな情報を頼りに彼について独自に調査するよりない。

(先ずは彼の記事を集めてもらって……できれば連絡先も知りたいな。でも裏社会と繋がってたらオープンにはしてないだろうし……)
「――。――……」
(おびき出すしかないか……前は行く先々で事件に巻き込まれたからエサには困らなかったけど、最近はなぁ。こっちもあまり表には出たくない身の上だし。此処はちょっと矢張に……)
「……ほどう。おい。――成歩堂!」
「――……は。……はい?」
「“はい?”じゃねえ、間抜けなツラしやがって」

 唐突に名を呼ばれ我に返って面を上げると、呆れ顔の神乃木が腕を組んで立っていた。

「間抜けって。ひどいなあ。あ、仕事終わったんですか?」
「まだだ。おジイちゃんが出張から戻ってこなくてな……飛行機が飛ばないらしいぜ。おかげで尻拭いさ」
「うわ、大変ですね。雪ですか」

 純粋に驚いた成歩堂に、神乃木はやれやれ、と溜息を吐き出した。
 額にかかった吐息が温かい。

「コッチだって霰が降ってるだろうが……アンタ、いつから此処にいた? 随分冷えちゃってるぜ」
「携帯の電池切れちゃって時間わからなかったんですよ。もう古いからなあ」

 頬に添えられた神乃木の手の温度に目を細める。
 言われてみれば長いこと立っていたかもしれない。
 カフェにでも入れば良かったか、と成歩堂は今更ながら思う。

「それで?」
「え?」
「オレに用事があったんだろ? 話してみな。……聞いてやるぜ」
「そうだった。今日、高菱屋で展示会があったんですけど――」

 促されて成歩堂は昼の出来事を掻い摘んで説明する。
 オリジナルを真似た製作物を展示したアート展。
 偽物の証拠品がそうしたアートを手がけるクリエイターである可能性。
 展示会で出遭ったユニークな記者。
 葉見垣の件を話すと同時に、この悪天候の中、敢えて星影法律事務所に神乃木を訪ねた本題に触れた。

「……で、ゴドーさんにはこの葉見垣正太郎が扱った記事の収集と、彼の連絡先の調査をお願いしたいんです」
「わかった。ソレは構わねえが……まさかわざわざこの話をしにきたのかい?」
「……? 電話だと盗聴が怖いし、メールだと形に残って嫌だから来たんですけど」

 成歩堂を貶めた人物の確証が得られていない現在、対外的には神乃木との接点を絶っている。
 証拠を残すような愚行を犯すまい、と慎重になるのは当然であろう。
 そうする事で、神乃木の安全を保障できるのだから。
 これは二人で話し合って決めたものだ。何を今更……と、今度は成歩堂が呆れるように言えば、神乃木は軽く肩を竦めた。

「――個人的な用事で来てくれたんなら嬉しかったんだがな」

 個人的な用事? この話だって急を要する個人的な話だ。
 神乃木が何を言いたいのかわからず首を傾げた成歩堂だったが、程なくある事実に思い至り、「あ」と小さく声を上げた。

「今日、バレンタインか……!」
「クッ……!」

 バレンタイン。

 記憶が確かなら、それは運が良ければチョコレートを貰える日である。

「もしかして、くれるんですか。チョコ」
「オレはいつだって貰う方だぜ」
「……話が噛み合ってないな。ぼくだって貰う方ですよ」
「まさか、貰えたのかい?」
「失礼だな。昼から外に出てますけど、残念ながら会ったのは男ばかりです」

 そもそも忘れていたくらいなのだから、訊く方が無粋である。
 毎年、儀礼的にくれていた真宵達も既にいない。
 旧知の友人達との接触を控えて、敢えて排他的に過ごしている現在、義理ですら貰える当てもなかった。

「ゴドーさんは貰えたんですか」
「アンタ、誰に言ってるんだ?」
「――愚問でした」

 笑みを浮かべた神乃木は、意味ありげに人差し指を額にあて「だが――」と続けた。

「オレの鞄にはまだ余裕がある」
「鞄に入りきらないほど貰うつもりでいるなんて、結構図々しいな」
「アンタはくれないのかい? まるほどう」
「は!?」

 呆気にとられた成歩堂は、まじまじと神乃木を見つめる。
 融けた霰で、神乃木の髪には濡れた束ができている。

「あの……。ぼく、男なんですけど」
「その形で女だったら驚いちゃうぜ」
「ぼくがあげるのはおかしいでしょ」
「おかしい? おかしいってのはどういう意味だ? おかしいのはアンタの髪形だけで充分だぜ」
「いやいやいやいや。そういう問題じゃない」

 神乃木の言葉の半分以上がわからない。
 寒い筈なのに冷や汗が出てくる。
 そんな成歩堂の様子を見て可笑しくなったのか、神乃木は再び口元を歪めて笑みを象った。

「冗談、だぜ」

(――あれ?)

 しかし、その僅かな一瞬。
 成歩堂は気づいてしまった。
 唇が弧を描く直前、小さな哀惜が過ぎて行ったのを。
 それは寂寥か、失望か。
 どちらともつかぬ、密やかな感情だった。

「アンタ、これから仕事かい? もうすぐ雪になるぜ」

 神乃木はまったくの常態で尋ねてくる。
 かすかな違和感を覚えたまま、成歩堂は頷いた。

「あ、はい。9時から予約が入ってるんで、まっすぐ向かいます」
「そうか。……ちょっと待ってろ」

 ぽん、と軽く成歩堂の肩を叩いた神乃木は、するりとビルの中へと戻っていく。
 それを呆然と見送った後、成歩堂は大きく息を吐き出した。
 
 
 まさか、神乃木は本気だったのだろうか。
 揶揄でもなく、今日のこの日に、成歩堂に期待をしていたのだろうか。

 弁護士であった頃にだって、師弟のような間柄で。
 今でこそ体を繋げてはいるけれど、そこに恋愛感情は存在しない。
 誰より近くにあって、けっして内側までは踏み込ませない。
 
 そんな薄っぺらい関係で、一体何を期待する?
 
 
「単純にチョコが好きなだけかな……」
「何の話だ?」

 戻ってきた神乃木が訝しげな表情で立っている。
 手には質の良さそうなマフラーを持っていた。

「ああ、いや。ちょっと。気にしなくていいです」
「……? 何でもいいが、アンタその格好じゃ寒いだろう。コイツを貸してやるから巻いておけ」

 広げられたマフラーが首に回る。
 肩越しに感じる温もり。
 マールボロの燻された苦い珈琲の匂い。
 
 
(ああ。……そうか)
 
 
 勘違いなら、それでいい。
 もし、勘違いでなかったのなら。
 
 
 この哀しく優しいヒトに、これ以上の寂しさを感じて欲しくない。

「……あ?」

 ほんの少しだけ顎先をあげて、その脆い骨の浮き出た首筋に唇を押し当てた。

「大変なお願いしちゃったからちょっとだけ前払いです」

 とってつけた言い訳も忘れずに添えて、成歩堂は微笑んだ。
 彼譲りの不遜な表情で。

 唖然としていた神乃木が、少々乱暴に成歩堂の首周りにマフラーをぐるぐると巻き付けて「随分安い前払いだぜ」と憎まれ口を叩く。
 心なしか柔らかくなった雰囲気が照れ臭い。
 他愛もないごっこ遊びで生まれた妙な空気に錯覚しそうになる。

(このヒトは“千尋さんの先輩”で、ぼくは“千尋さんの弟子”……ぼく達を結ぶのはそれだけだ)

 期待されるならばそれに応えよう。
 求められるならば与えよう。
 それが、彼女と彼への贖罪だから。

 けれど、忘れてはいけない。
 思い上がってはいけない。

 この温度が、どんなに心地よくても。
 
 
 神乃木が求めているのは――

(ぼくの中に生きている“千尋さん”だ)
 
 
 
 落ちてきたのは大粒の雪。
 頬に触れてすぐに雫となったその冷たさに、痛んだ胸の内を誤魔化した。
 
 
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ゴドナルは暗がりで躊躇いながら、首に照れたようなさよならのキスをするでしょう。
『理想のキスをしてもらったー』より
http://shindanmaker.com/53071
clapに関連イラスト有

Spring has come./4捏造・GN

 
 
 午前中で訴訟の片がついてしまったので、神乃木はもう一つの事務所の方へ寄る事にした。
 重い情念で満ちていた密室とは裏腹に、外の世界はいっそ馬鹿げているくらいに好い天気であったから。
 神乃木の突然の来訪に、事務所のお荷物であるところの男は驚く様子もなく、「ちょうどよかった」と眠たげな眼のまま笑んで見せた。

「王泥喜くんに頼まれて買い出し行かなきゃいけないんです。一緒に行きますよね」

 神乃木の予定など気にもせず、半ば決定事項のように嘯かれる。
 常ならば此処で弁護士業務を営んでいる青年がずぼらな住人に代わって補充をしているのだが、彼の顔を裁判所で頻繁に見かけていたからどうも忙しくて手が回らないらしい。
 仮にも事務所であるのだから備品は業者に頼めと言いたいところである。しかし、此処の懐事情とこの場所が住居も兼ねている状況を鑑みると強制できない。

「買うモンは決めてあるのか?」
「大丈夫です、メモを貰ってるんで。あの子、本当にしっかりしてて助かりますよ」 

 指先に挟んだ二つ折りのメモをひらひらさせる彼に、神乃木は肩を竦めた。
 自分達が使うものすら管理できなくなっているとは甘やかし過ぎただろうか。
 けれど、無気力に見せて仕事はきっちりこなすのだからヒトを使うのが巧くなったという事なのか。
 どちらにしろ甘やかした挙句いい様に使われてしまう性質の神乃木は、荷物をソファに放り投げて事務所を出て行く成歩堂の後を追った。
 
 
 
 トイレットペーパーにティッシュボックス、洗剤とボディソープ、サラダ油に醤油と砂糖とスナック菓子……生活雑貨としか思えない品物の他に完全に不必要なものも大量に買い込み、大きく膨れ上がったレジ袋を幾つも両手に提げて、冬枯れの木立の下を歩く。

「日中はだいぶ暖かくなってきましたねえ……陽が当たってると」

 のほほんと呟く成歩堂に適当な相槌を返す。
 寒いのが苦手らしい成歩堂は日陰に差し掛かると露骨に足早になるから、それがたまらなくおかしい。

「笑ってる場合じゃないですよ、ゴドーさん。寒さが全然違うんですから」

 何を悠長に歩いているんだとばかりに、成歩堂はペースを変えない神乃木を日向で待っている。
 体感温度が然して違うとも思えないが、それでも日向に出ると何処か安堵するのは事実であった。
 ひと気のない遊歩道を並んで歩く。
 踏み千切られた落ち葉の滓が、控えめに転がっていく。
 頬に温い風の感触。
 思わず歩みを止めた。

「……ウメか?」
「うめ?」

 首を傾げて見上げてくる成歩堂を余所に、神乃木は目蓋を閉じて冬の空気を吸い込む。
 ささやかに甘い、覚えのある薫りが鼻腔に広がる。
 どこかの庭木が咲いたのだろうか。

「梅だな。わからねえか?」
「え、もう咲いてるんですか。どれがウメですか」
「現物は見えねえが匂いが……アンタ、鼻詰まってんのか」
「詰まってませんけど。えー? わからないなぁ」

 怪訝そうな表情で鼻を鳴らす様は犬のようだ。

「目を瞑って、鼻だけで吸い込んでみろ」

 神乃木の言葉に素直に従い、成歩堂は目を閉じる。
 深呼吸をするように、大きく息を吐いて。
 くん、と一つ。

「……あ。なんかいい匂いがする」

 目を閉じたまま微笑んで。
 睫毛が震えた。
 
 そのわずかな隙に――
 
 
 
 
 
「ちょっと! 何してんですか!!」
「いいだろ」

 男の手ですら持て余すほどの大荷物だ。
 スーツ姿には異質な様相を甘んじているのだから、キスの一つや二つくらい報奨に貰ってもいい筈だ。
 狼狽して立ち止まったままの成歩堂に「とっとと歩け」と言い置いて、神乃木は先に歩き始める。
 
 
 淡く濁った空はまだ冬の色ではあるけれど。
 春は確かに綻んでいた。
 

異動時期の恒例行事/4捏造・MN

「――……いきなりナニを始めたんだ?」

「ム……見てわからないか……腕立て伏せ……だ……」

(わかるから訊いたんだけど)
「……それってさ、ヤり終わるなり唐突に始めるモノか?」

「……ふぅ。こうしていると、妙案が浮かびそうな気がしてな」

「何のだよ」

「歓送迎会の余興だ」

「は?」

「先に人事が発表になっただろう。新聞を見なかったのか」

「二月の終わりにあったね、そういや。でも……なんで今さら?」

「異動直後は慌しいというので、落ち着いた頃に宴を張るのが慣例なのだよ」

「へぇ。――で、何で局長の癖におまえが余興を考えるんだよ」

「かくし芸大会のトリ前は局長、とこれも慣例で決まっているからだ。去年は鶴を折ったが、同じものは使えないだろう?」

「…………」
(鶴を折るだけでかくし芸になるってのが凄いな)

「朝からずっと考えているのだが、いい案が浮かばなくて正直困っている」

「……あー。だからか。今日、変に散漫だなぁって思ってたんだよ」

「ム、すまない。もしや不満だったろうか。今からもう一度、始めからやり直すのも吝かではないぞ」

「いやいやいやいや。いいよ。ドコの世界に×××のリコール受け付けてる男がいるんだよ」

「……探せばかなりいると思うが」


「――それで? 何かいい出し物は思いついたのか」

「うム。今の所コレと言って浮かんでおらん。何かないか、私の出来そうなことは」

「おまえの特技をぼくに訊くのかよ! 知らないよ!」

「……それもそうだな。すまない」ショボン。

(おいおい、特技知らないだけで凹むなよ)

「…………」

「…………」

「………………」

「……あぁ、もう。仕方ないな。じゃぁさ。みぬきに手品習ったら? トランプの扱いだけは巧いし、クロースアップ・マジックなんかいいんじゃない?」

「局内に部門長クラスがどれだけいると思っている」

「……さぁ?」

「……手元に全員集めるなど不可能だから却下だ」

「じゃあ、イリュージョンはどうだ」

「本気で消失なり切断なりしそうだから遠慮する」

(……不器用だって自覚はあったんだな)
「それなら……」

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

「……ごめん。もう思いつかない」

「……はぁ。明日、かくし芸の本でも探してくるか」

「それが賢明だね。そんな本があるか知らないけど。……TVつけようっと」

――……東梅建設は下請企業に対し大澤代表への献金を……

「あー、コレ。陰謀説だのなんだのって言ってるけどねぇ。どうなの? 検事総長、参院に呼ばれるかもって話じゃないか」

「漏洩も何も、あれだけぶら下がりがいて漏れない訳がないと思うがな。『人の口に戸は立てられぬ』とあるとおり、実際は与党だけに留まらず身内からもオフレコであったのではないか、という推測もある」

「ふぅん、政治家って大変だよなぁ。おまえ、退官したらやっぱり政界に乗り出すの?」

「さてな。その時の状況次第だ」

――……四階氏や、林元首相などもパーティ券代を返還することを決め……

「何だかんだいって、癒着ってあるよなぁ。ぼくも星影先生のクライアントで知ってるくらいだし」

「嘆かわしいことだが暗黙の了解になりつつあるのは事実だな」

「嫌だなぁ、ドロドロしてて――……あっ!」

「な、何だ。どうした、突然」

「思いついた! おまえのかくし芸! この間TVで丁度良さそうなのがやってた!」

「なに!? どんなヤツだ、それは!」

「題して――『特捜部家宅捜査編』」


……準大手ゼネコン【サイドチェスト建設】から事実上の企業献金を受けていた問題で、地検特捜部は本日正午よりオリバーポーズ代表事務所の家宅捜査を開始しております。
献金総額は2億円に上ると見られ、特捜部は今回の家宅捜査でその実態解明を目指す算段です。
――あっ、ただ今、ただ今特捜部が出てまいりました!
押収したと思われる資料のダンボールを抱えて、およそ30箱でしょうか!
無言で次々と運び出されております!
野次が凄い、野次が凄い!
抗議する面々には、オリバーポーズ代表をよく知るダブルバイセップス議員、フロントラットスプレッド氏も見られます!
どうやら全て運び終えたもよう、特捜部、帰局致します!
ダブルバイセップス議員は抗議を続けております!
フロントラットスプレッド氏、渋い顔です!
……解散総選挙を控え、非常に苦しい展開となって参りましたオリバーポーズ代表。
この後、16時より党本部においてオリバーポーズ代表が会見を行うという情報も入っております。
一端、スタジオに戻します。


「……って、ぼくが録音してやるからさ、オマエは適当にポーズとればいいよ。どうかな。テン●ンって芸人のネタパク」

「断る」


end.


注:御剣局長は無難にフルート演奏ですませました。
 

キミにだけ聴こえる音楽/4捏造・MN

 
 
 今日は久しぶりに取れた休みで、都合よく水曜日でもあったから、一日中大事なヒトと過ごしていたい、と考えて彼を呼んだ。
 夜はきっと空けてくれているだろうが、急な事だから迷惑だろうか――躊躇いがちに誘ってみると「恋人なんだから、気を使うなよ」と笑われた。
 そうして彼は、1冊の絵本とランチバッグを手にやってきた。
 
「オドロキくんがオマエの分もって持たせてくれたんだ」
 
 バッグの中身はサンドイッチで、薄茶色のグラハムブレッドにボリュームたっぷりの具材が詰まっている。
 
「ピクルスはゴドーさんが作ったヤツ……酸っぱすぎなくて美味しいよ」
「――何だか悪いな。食事くらい外でしても構わないのだが」
「いいんだ。オマエ、休みなんて滅多にないだろう? ゆっくりした方がいい。それに――」
 
 ――ぼくがオマエとべったりしてたい気分なんだ。
 
 成歩堂は、鼻唄を歌いながら冷蔵庫に今日の昼食を仕舞った。

「…………」

 私は気まぐれな彼の、不意打ちのような甘いセリフに思わず口元を覆う。
 そうでもしないと、にやけそうになるのを抑えられなかったから。
 
 
 
 最近は、この所急増している薬物摘発や選挙後の政権交代に絡む警備体制の見直しだとかでずっと忙しく、互いの間で決めている定期的な逢瀬も流れたままだった。
 気に掛けてはいたけれど、約束を反故にする謝罪のメールを送るしかできずにいて、私はその内に彼が私の事を見放してしまうのではないか、という不安を抱えて鬱々としていた。
 
 
 彼の周りには沢山の人間がいる。
 
 彼の事を想う、彼にとって居心地のいい人間にばかり彼は囲まれている。
 だから、恋情を抱いているだけで何もしてやれない自分は、彼の心を一部でも占有する事などおこがましい。
 いつ忘れられてもおかしくない状況なのだ。
 恋人から友人に格下げになる事など、世の中では当たり前によくある話で、有り触れた現象だからこそ不安に苛まれる。
 
 
 私はいつまでキミの『恋人』でいられるだろうか――
 
 
 
 成歩堂は置きっぱなしにしている自分のカップを戸棚から取り出し、私を振り返る。
 
「なぁ、紅茶淹れてくれよ。ミルクと砂糖たっぷりで」
 
 紅茶を淹れるにしては乱暴な、大き目のカップには黒い猫がプリントされている。
 霊媒道の家元である元助手の女性が、事務所を去る前に贈ってくれた大事なカップなのだ、とコレを持ってきた日に彼は言っていた。
 
「御剣の紅茶、久しぶりに飲めると思って、楽しみにして来たんだから」
 
 私の普段使いのカップも出して隣に並べると、成歩堂は待ち切れなさそうに目を瞬かせた。
 
 秋の始めのこの季節は、まだセカンドフラッシュが出回っている時期で、ダージリンならばマスカットのような爽やかなフレーバーを楽しめるのだけれど、これはミルクティーにしても香りが残って美味しい。
 取り寄せてから封を切らずにおいた取って置きの茶園のダージリンがある。
 
 私は一般的な『恋人』よりも彼と共に過ごせる時間が少ない。
 その上、彼の周囲の人間の中で一番希薄な交流状態だろう。
 
 近いけれど遠い関係――その私にできる最良の事といえば、心を込めて紅茶を淹れる事くらいだ。
 私の淹れる紅茶を望む彼の為に。
 そしてこの味と薫りをまた望んでもらえるように。
 彼との些細な繋がりを、ずっと保ち続けていく為に。
 
 
 
 そんな利己的な計算を含んで淹れた紅茶を手に、成歩堂はカウチへと移動した。
 カウチには座らず、それに寄りかかるようにして床へと落ち着いた成歩堂は、座面をぽんぽんと叩いて私を誘う。
 
「あんまり散らかってるから、荷物を整理してるんだけどさ。その中から出てきたんだ、コレ」

 成歩堂の望むとおりにカウチに座った私へ、彼は持ってきた絵本を差し出してきた。
 
「“青い鳥”……懐かしいな」
「だろ? 絵も綺麗だし、御剣に見せたいと思ってさ」

 メーテルリンクというベルギーの劇作家が書いたこの話は、恐らく幼い時に誰もが一度は耳にする物語だろう。

 私もまだ両親が健在で幸せであった頃、寝しなに母が語ってくれたのを覚えている。
 
「確か、この兄妹の隣人が病がちで、それで何か滋養のある食べ物を探しに行くのだったか」
「そんな話だったっけ?」
「裏山に行くと道が三叉に分かれていて、老婆が助言をしてくれるのだが、それを無視した兄と妹はパンを千切りながら山奥に入って遭難するのではなかったか」
「……全然違う話のような気がするぞ、ソレ」
 
 ――人の記憶とは曖昧なもので、どんな内容だったかは忘れてしまっているようだ。
 
 肩を竦めた私に対し、成歩堂は呆れたようなため息を零した。
 
「しようがないなぁ。ちょっとだけ読んでやるから、それで思い出せよ」
「キミが? ……また、柄にもない事を言い出すな」
「失礼な。これでも一児の父だぜ? みぬきがまだ小さい時に読み聞かせてやったりしてたんだからプロだよ」
 
 心外だ、とばかりに成歩堂は眉を潜めて私から絵本を取り上げる。
 
「それにぼくは本当は役者志望だったんだ。情感たっぷりに読んでやるさ」
 
 言いながら本を開いた恋人の指が絵本の上を滑り出す。
 クリアな発音で紡がれ出した言葉に、私は目蓋を落とした。
 
 
 
 夏を越えて幾分和らいだ日差しが差し込む中で、空調が静かに唸っている。
 
「……青い鳥は、真っ黒な鳥に変わってしまいました。この鳥も、青い鳥ではなかったのです」
 
 快適な室温の部屋の中に、成歩堂の声だけが響いている。
 
「帽子のダイヤルを回したチルチルとミチルは、夜の女王の御殿にやってきました……」
 
 馥郁としたダージリンの香りが漂い、膝元には寄り添う成歩堂の体温。
 一定のリズムを保った彼の声は、抑揚を抑えて滔々と溢れ、囀るようにも聴こえる。
 何もかもが優しくて心地いい――
 
 
 あまりに心地良すぎて深い嘆息を零すと、成歩堂の朗読の声が途切れた。

「ねぇ、御剣……眠ってる?」
「いや? 先を続けてくれ」
 
 視界を閉ざしたままで先を促したのだが、成歩堂は続けずに黙っている。
 沈黙が続く中、パタリ、と絵本を伏せる音がして、我に返った。
 
「……成歩堂?」
「だって寝るなら煩いだろう? 疲れてるんなら少しでも……」
「煩いなどとは思わないさ。キミの声は耳障りがよくて……その」

 私は弁解しようと慌てて目を開いた。
 しかし、その先を口にするのが躊躇われて、言葉に詰まってしまう。

「眠くなる?」
「…………」

 弛緩しきったあの状態に、眠気が伴ったのは事実であったから応えられずにいると「やっぱり眠いんじゃないか」と、成歩堂は怒ったように目を眇めたのだった。
 
「一緒にいるからって起きてないでいいんだからな。ぼくといる時くらい、無理するなよ」
 
 下から上目遣いに睨みつけられて、私は息を呑んだ。
 私はその眼差しで、いつだったかに彼が言った言葉を思い出す。
 
 
 対等で在りたい――それは弁護士資格を失って直後の彼の言葉だった。
 対等で居続ける為に、私に救いを求めないのだ、とあの時に成歩堂は言った。
 
 今や互いに立場がすっかり変わり、かつてのように仕事の上であの一体感を味わう事は出来なくなっている。
 社会的な場において、彼が私に協力できる事は少ない。
 
 それでも、成歩堂は私と『対等』に在りたいのだ、と願い続けている事を知っている。
 
 だから彼は、彼の思う『私の恋人』として相応しくあるよう、負担を掛けず適度な我儘を言い、甘えているように見せかけて甘やかしてくれるのだ。
 これまで何度となく、彼が私にだけ彼のルールのイレギュラーを許してくれているのを、知っている。
 私が個人を失わないように、一人の人間としての『御剣怜侍』を保っていられるように。
 成歩堂は私が『私』でいる為の、均衡を調整してくれている。
 
 そうする事で、彼と私の比重が等しくなるように。
 
 
 しかし。
 私は――怖いのだ。
 
 
 彼に甘やかされ過ぎて、彼への依存が強くなり、彼を失う事を酷く恐れている。 
 彼の周りの『情夫』だとか『息子』や『娘』、そんな人々に彼を奪われて『恋人』というレッテルを失う事が怖くて怖くて仕方がない。
 
 そして、自分以外の人間に張り合って、その均衡を自分で崩したくなる。
 彼も私と同じくらいに私に依存して離れられなくなるように。
 最後の良識をかなぐり捨ててでも、彼の中に自分だけが住まうようにしたくなる。
 
 不可能ではないけれど、それは同時に彼の尊厳を陵辱する暴虐だ。
 
 『恋人』で在りたければ、それは忌避すべき最悪の手段だ。
 
 
 だから――対等で居続ける為の譲歩を、私は今回も選択する。
 
「疲れてるコトは否定しない」
「……そうだと思った。だったら――」

 だが――漸くに持ったこの機会を、無為に眠って過ごすなどという愚行は犯すつもりもない。

「否定はしないが、睡眠を取りたいという訳ではない」
「はぁ?」

 成歩堂は「疲れてるなら寝て過ごしたいって考えるのが普通だろ?」と、信じられないモノを見るような目つきで反論してくる。
 どこの世界に恋人と眠り続けていたい、と考えるリアル寝太郎がいるのだ。
 倦怠期の夫婦ならいざ知らず『恋人』だからこそ、あり得ない。
 
 私は『恋人』として至極真っ当なロジックで、彼のプライドを傷付けずに自分の要求を通す方法を模索する。
 
 その結果辿り着いた解は『成歩堂の声に聞き惚れていた』事実を、曲解させる事無く真っ直ぐに伝える、というものだった。
 
(……メイにでも言おうものなら、気持ち悪がられて鞭でひっ叩かれそうなセリフだな……)
 
 これから自分が言葉にしようという内容を思うと、ロマンチストに過ぎてうんざりしてくる。
 だが、致し方ない。
 男の恋人を前に、歯の浮くような賛辞を吐いてやる。
 下手をすればバカにしているのか、と思われるかもしれないが、なに、その時はその時だ。
 開き直って真摯に訴え続けてしまえばいい。
 
 私は半ば破れかぶれになりつつ、覚悟を決めて口を開いた。
 
 
「物語を話すキミの声が、私には歌っているように聞こえたのだ」
「…………。…………歌ぁ?」
 
 案の定、成歩堂は唇を半開きにした間抜けな形相で凝固した。
 
 あぁ、やはり妙な言い分であったのだ。
 判ってはいたが、此処で引くわけに行かない。
 畳み掛けるように私は続けた。
 
「キミの声は滑らかで、元々心地いいトーンだ。朗読となると、単調で尖りがなくなり、常より柔らかいから特にそう感じる。そうだな、いつもベッドで眠る直前に何となく話をするだろう? 例えればあんな感じだろうか。少し寝惚けたあの声。それよりずっと明瞭だが、印象としては同じようなものだ。愛しい人の睦言にも同じとなれば、雑音よりも音楽と言った方が近いだろう。それも極上のバラードだ。まぁ、今の朗読はバラードというよりもバラッドだな。要するにキミの声は私にとって――……なにか、おかしいだろうか」
 
 膝を抱えて顔を伏せ、肩を震わせている姿は笑っているようにも見えたので、私は少々憮然としてしまう。
 怒るでもなく、ただ笑われているだけ、というのは、変な事を言っている、という自覚があるから、余計に手痛い反応だった。
 
 しかし、実際のところ、彼は私を嘲っていた訳ではなかった。

「いや、ごめん。と言うか、もうイイ。これ以上は照れて死にたくなる。お願いだからやめてください」
 
 成歩堂は耳朶まで赤く染め上げていて、それで私は彼が羞恥を感じている事を知った。
 頬を押さえて「あぁ、びっくりした。初めて言われたよ、そんな事」などとぼやいて成歩堂は深呼吸を繰り返している。
 
 ……そう言えば、成歩堂はこの手の口説き文句に弱いのだった。
 自分で言うのには平然としているくせに。
 七年前に追うばかりであった頃を不意に思い返して、私は妙に納得した。
 
(そうか……この男にはこれが正攻法であったのだった)
 
 以前の若さだけで押していた頃ならまだしも、三十を越えて通じるとは思っていなかったが、彼はあの時から何も変わっていないのだ。
 本質の部分では。
 
 そうだ。
 だから――あの頃と同じに『対等』でありたい、と彼は望むのだ。
 
 
「えぇと……平たく言うと、ぼくが歌ってるみたいに聞こえるから、だからリラックスしすぎちまうって、そういう事でいいんだよな?」
「うム。その通りだ」
「……普通に朗読してるだけなんだけど」
 
 耳を赤くしたまま、成歩堂は顎を摩って「うぅん……」と唸る。
 昔と、法廷での時と、まるで変わらない仕草で。
 
 そうだ。
 彼は、変わらない。
 どんな姿をしていても、どんな仕事をしていても、彼は私を救い上げた『成歩堂龍一』なのだから。
 
 
「何と言うか……それはさ。ぼくがオマエを好きだから――じゃないか?」
 
 暫く唸った後で成歩堂は謎めいた告白を突拍子もなく吐露した。
 ありがたい言葉ではあるけれど、脈絡がなさ過ぎて――
 
「……意味がわからないのだが」
 
 まったく理屈になっていない理由に、今度は私が間抜け面を晒す方になってしまった。
 逆ならまだしも、どうして成歩堂が私を好きだと、成歩堂の声が音楽のように心地良いものに聞こえるというのだ。
 
「わからなくていいよ」
 
 小さな笑みを零した成歩堂の顔に生意気そうな余裕が戻る。
 
「多分、御剣にはずっとわからないよ。それに……わからないでいる方がいい」
「何故」
「だって、何でもわかられちゃったら恥ずかしくて、一緒にいたくない」
「それは困る」
「だろ?」
 
 言われてみれば、確かにその通りかもしれないが――どうしても釈然としない。
 何だか巧く丸め込まれてしまったような気がする。
 
「恋人っていうのは、ちょっとくらいのミステリアスがあった方が、気になって傍にいたくなるもんなんだよ」
 
 成歩堂は言いながら、笑みを深くした。
 
「だからね、これでいいんだ」
 
 完全な自己完結で彼が結論付けてしまったので、私もこれ以上の追求は無駄だろう、と諦める。
 成歩堂は私には「わからない」と言ったけれど、それはきっと自分で見つけて理解しなければならない事のように思うから。

 とりあえずの目的――共有する時間を有意義に過ごしたい、という希望の伝達が果たせた事だけで今は充分だ。
 
 
「眠りたいんじゃないならさ……どうしたい?」
 
 弾んだ調子で問いかけてくる彼の声は、やはり歌を囀っているように聞こえる。
 
 
 もっと、この声を聞いていたい――
 
 
 要望を許された私は、率直に請願する。
 
「……続きを」
「了解」
 
 成歩堂は私の淹れた紅茶を一口含むと、閉じた絵本を開いて朗読を再開した。
 
 
 
 秋の始めの、晴れた水曜日に。
 
 音楽が聞こえる。
 
 
 
end.

Une eclipse totale du soleil[R18]/4捏造・GN

*R18につき、18歳未満の方の閲覧はご遠慮くださるよう、ご協力よろしくお願いします。

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midsummer's night/4捏造・GN

6/21 19:00 - 6/22 04:25
 
 
「こんなトコまで来て、何もわざわざそんなのを読んでる事もないじゃないですか」

 すっかり剥れたまるほどうが、構って欲しい、と投げ出していた手にじゃれついてきた。

「おいおい、これじゃあ酒が飲めねェぜ」

 付け根の薄い膜に押し付けられた指がくすぐったくて、思わず笑みを零すと、

「本を置けば取れますよ?」

 などと、小憎たらしい顔して言ってくるから、何となく癪に障り、本を置いてなるものか、と妙な意地を沸かせてしまう。
 
 
 
 キャンドルナイトってイベントがあるそうですよ――と、何とはなしに付けたままにしていたTVを見て、まるほどうがポツリと呟いた。
 ただ傍に在るから語りかけるような風になったのであって、実際には思惟を含まない独白に同じだという事は、考えるまでもなく明白だった。
 強請られたワケじゃない。
 だが、丁度休日に重なっていたのも態のいい言い訳となって、オレは付き合いのある温泉宿に出かける事にした。
 
 
 件のキャンドルナイトとやらが宿の近所にある寺の境内で開催されていたから、一応ソイツを観に連れて周った。
 男二人で行くイベントじゃァねえな、と山門をくぐって直ぐ引き返したくなったが、現実主義者の割りに乙女思考な面を持ち合わせているまるほどうの気に入ったらしく、日が暮れて真っ暗になるまで付き合わされた。
 エコなどという偽善めいた思想などまるで無視したカップルに紛れ、ぼんやりと浮かび上がるキャンドルのイルミネーションを眺め続けるのには、正直なところうんざりした。
 ついには耐え切れなくなって、幻想的な光景に見蕩れて腑抜けたようになったまるほどうを無理矢理歩かせその場を離れると、寄り道もせずに宿へと引き篭もったのだった。
 
 
 温泉に浸かって、美味い飯を食って、寝ッ転がりながら酒を舐め舐め読書と洒落込む。
 こんな贅沢な時間はない。
 
 
 オレが自分の時間を堪能していると、漸く我に返ったまるほどうが嫌に絡んでくる。
 どうも、キャンドルナイトから何か勘違いしているらしい。

「大体ね、ゴドーさん。読んでる本がアレなんですよ」
「……『湯けむり慕情スペシャル~柔肌に飛沫く間欠泉』かい?」
「非常に微妙なタイトルですね……まぁいいとして、ソレ。エロい小説でしょ」
「仲居凌子の腰巻が捲れ上がって、肉感的な太股が露わになっちゃったトコだぜ」
「どうでもいいです。そんな解説」
「そうかい? 熟女も悪くないと思うんだがな」

 オレが率直な所感を述べると、まるほどうは不機嫌だ、と言わんばかりの気色で頬を膨らませる。
 そうして、絡めていた指を勢いよく解き、ゴロリと寝返りを打って背中を丸めてしまった。

「……もうイイです。ゴドーさんなんて、脳内の熟女と宜しくやってればいいんだ。このムッツリ親爺」
「…………」

 まったく何だって言うんだか――オレはがしがし頭を掻き回して、已む無く読みさしの小説を置いた。
 
 
 オレ達の関係は甘い情緒なんぞ無縁の、互いの利益だけで成り立っている打算的なモンだったじゃねェか。
 だから、好きだとも愛してるだとも言わないし、言って欲しいとも思わない。
 そんな言葉なんかより、ずっと必要なモノを供給しあって築き上げた関係に、今更水を挿すような真似をするなんざ、野暮以外の何モノでもないだろうに。

(めんどくせえなァ……)

 これじゃあ恋愛の駆け引きみたいじゃねェか。
 まるほどう相手にぞっとしねェ。
 
 
 それでも、コイツの望むモノを与えてやるのがオレの存在意義であるからには、雰囲気に呑まれたまるほどうがそんな戯れをしてみたい、と言われてしまえば受け入れざるを得ない。

 暫く明後日を向いた男の後姿を眺めて、反応を待ってみたが、ヤツはいっかな動こうとしなかった。

 このギザギザした頭のまるほどう野郎は、相変わらずその髪型みたいに尖っている。
 素直になれば可愛いものを、強情な性質の為か、いつもこっちが手を伸ばしてやるのを待っていやがるんだから始末が悪い。
 
 
(……まったく……)

 こうなっては自分から折れてこないのを知っているから、オレはいじけた肩を引き寄せて抱き込んでやった。
 
 
「ほら、勿体ねェが熟女は振ってやったぜ? アンタのしたいコトを言ってみな……聞いてやるぜ」
 
 
 あえかな酒の薫香を吐息に乗せ、宥めるように囁くと、満更でもない様子でオレを見上げてきたまるほどうは。

「今日は一年で一番短い夜だって言うのに……もっと有意義に過ごしましょうよ」

 ――なんて、何処で覚えたのやら一端の誘い文句を、やっとのコトで口にした。
 
 
 
 そうしてオレは、オレをせがんだコネコに唇を寄せて、夏至の夜へと溺れていく。
 明日は寝不足確定だな、などとわざとらしく体裁を取り繕いながら。
 
 

Lollipop×Crow/逆検

 
 
※逆転検事のネタバレ含みますので、当面畳んでおきます。
CPはタイトルで察してください。
 
 
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すぎのこ村の行方。/2009バレンタイン後日談

「ただいまー! ……あれ? パパー?」

 真宵達に誘われて昨日、七色のチョコレート・ファウンテンを食べに出かけみぬきが、そのまま外泊となって帰ってきたのは、翌日の昼をとうに過ぎた頃だった。
 ソファに転がった成歩堂は声を出すのも億劫で、無言でその帰宅を出迎えた。

「なぁにー? まだ寝てるの? ブラインドも開けないでダラダラして。外はいい天気だよ?」

 晩冬の現在に初夏の気温を記録、と付けっぱなしのTVで女子アナが言っていたからそれは成歩堂だって知っている。
 久しぶりの温かい陽射し。
 日中ヒキコモリの夜行動物に化したとは言え、寒いのが嫌いな点は変わらない。
 気候の齎した僥倖には是非とも浴しておきたい。
 ――できることなら。

 チョコレート関係者と恋人達が浮かれるイベント日だった土曜日。
 みぬきを駅まで送った後、神乃木の家に向かう途中で真紅の派手なスポーツカーを見つけてしまった。
 ライオンのシンボルがフロントグリルに嵌まったプジョーはよく見知ったものだったから、成歩堂は、結構出回っているものなんだなぁ、などと暢気に思ったのだが。
 路肩に停まっていたその車の脇に差し掛かった時、突窓が突然開いて、よく見知った顔が出てきた。
 何となく流れで同乗することになり、適当にその辺をドライブして。
 小腹が空いたくらいの頃に辿り着いたドライブの終着点は神乃木のマンションだった。
 何を考えているのか、とその時は御剣の神経を疑った。
 真面目で律儀なのはいいが、行き過ぎているんじゃなかろうか、と心配までした。
 けれど、地下の駐車場にプジョーを停めた御剣が、一緒になって神乃木の部屋までついてきたから、今度は何か企んでるんじゃなかろうか、と猜疑心で一杯になった。
 神乃木の部屋には王泥喜までおり、しかも常にはない甘ったるい匂いが充満していた。
 バレンタインだから、と二人でそれはたくさんのチョコレート菓子を作っていたのだった。
 昨今では逆チョコなんてものも流行っているから、と三人で仕組んだらしい。
 元々は休日に重なったこの日をどちらが成歩堂と共に過ごすかで御剣と神乃木が反目し、偶然居合わせた王泥喜の何気ない一言でこの計画が生まれたという経緯を聞いて成歩堂は脱力した。
 総合演出と資材提供は神乃木、その補佐に王泥喜、壊滅的に不器用な御剣は、対象の確保と準備時間を稼ぐ、という適材適所の人員配置で団結している三人に、その労力をもっと別のところで生かすべきではないか、と進言したい念に駆られる。
 とは言うものの、テーブルに所狭しと並んでいる数々のチョコレートはとてつもなく美味そうである。
 情事の際にはこの日にあげる役である成歩堂だが、本来は貰う側なのだから、これはこれで有りかもしれない。
 深く考えるのが面倒だったのもあって、あっさりと頭を切り替えた成歩堂は、三人の好意をありがたく受け取る事にした。

 タダより高い物はない――そんな格言を思い知る羽目になるとは露ほども思わず……


 フォンダンショコラ、ザッハートルテ、ガナッシュ・トリュフにチョコレートリキュールのカクテル――様々なタイプのチョコレートを堪能し、ふんだんに加えられていたアルコールでいい気分になっていた時にその戯れは始まった。
 単なる悪ふざけだった筈なのだ。
 成歩堂が絶対王となった専制君主制の余興芝居。
 王様の替わらない王様ゲームか、執事喫茶か、という様相で、多少演技の心得がある成歩堂は酔いに任せてその設定になりきっていた。
 何処から出してきたのか知らないが、いつの間にか漆黒のファーなんぞのふざけた衣装を纏って。
 見目いい三人に煽て誉めそやされ、尽くされると悪い気はしない。
 要求されるままの褒美を与えていく内に、それはどんどんエスカレートしていった。
 今考えると、持ち上げられて上手い具合に持って行かれたようで口惜しくてならない。
 しかし、その時はそんなコトにも思い至らず素直に受け入れていたのだから、所詮は惚れた弱味というヤツだろう。
 
 口でするみたいにエロく舐めて見せてください、とゴドーが手渡してきたのが件のキノコチョコである。
 『ジョオウ様のお好きなサイズは?』――当時はこの呼び名にも不思議と嫌悪感を抱かなかった――などと下卑た質問を投げかけてくるのにも煽られて、噛み砕けない巨大シメジを舐め続けた。
 要望どおりにエロく。
 だが、幾らチョコレートが好きでも、あれ程大量に食べた後ではいい加減食べ飽きていて、頑張ってサイズダウンしたのが、やっと巨大マツタケ程度だった。
 もう無理だ、と音を上げた途端、忠実な下僕だった筈の三人のケダモノが豹変した。

(だからって、あんなモノを突っ込むなんて、アイツらは本物の馬鹿か……!?)

 せめてエノキくらいまでもう少し頑張れば良かった。
 エノキにしたところで巨大なのは変わらないけれど。

 立場が逆転してから後の乱チキ騒ぎは、最早拷問に等しく、未だにその悪影響を引きずっている。
 下半身は自分の体とは思えない状況だし、奉仕と嬌声に酷使した口と喉もまともに機能しない。
 通常とは違う方法で体内に摂取したチョコレートの匂いが鼻腔の奥にこびりついているようで胸焼けまでしている始末だ。
 そういう次第で、外に出るばかりかみぬきを明るく出迎えてやる事すらままならなかったのだった。
 来月には与えた者に見返りが発生するイベントが待っているが、成歩堂は当然そんなものは無視するつもりだ。
 あんな馬鹿げたパーティーを繰り広げたヤツらが司法に携わり、社会秩序の礎になっていると思うと、この国の行く末が心底心配になってくる。

 閉まりっぱなしだったブラインドをみぬきが上げていくと、温かい陽射しが差し込んできた。
 こんな日に己の意思でなくヒキコモってないとならないなんて。
 まったく以って腹立たしい。
 どうしようもないケダモノ達と違い、よく出来た義理の娘は動けない成歩堂の為にグレープジュースを注いでくれた。
 更に、

「パパにお土産買ってきたよ。昨日、バレンタインだったしね」

 と、こんな優しい気遣いまでしてくれる。
 自分が楽しみに出かけたのに、そんな時まで不肖の父親を考えてくれるなんて、と思うと涙が出そうだった。
 やはり持つべきものは娘だ。
 恋人でも情夫でも息子でもない。
 みぬきがいれば充分だ。

 感動に咽んでいた成歩堂だったが、かぼちゃパンツをごそごそ漁っていたみぬきがコーヒーテーブルに乗せたものを見て蒼白になった。


「信州限定きのこの山・巨峰ミルク風味だよ!」

 巨峰は好きだが、このタイミングで何故キノコ。
 そして何故ミルクまで足す。

 きのこたけのこすーぎのこ~♪ と、テンポよく歌うみぬきには、何の罪もない。
 だが、このビジュアルは否応なしに昨晩の悪夢を走馬灯のように蘇らせる。

 あぁ……せめてこれがたけのこの里であったなら――


「ねぇ、そう言えばすぎのこ村って見ないけど、売ってないの?」

「――ラッキーミニアーモンドっていう別の商品になったんだよ……」

 無邪気に尋ねてくる愛娘に答えた後で成歩堂は、暫くきのこの山は食べられないな、と盛大な溜息を吐き出したのだった。

 end.

***

補足:当日限定イラストに絡む成歩堂の翌日の状況でした。

ヒトヒラ/4捏造・GN

 
 深く吸い込んだ煙を吐き出せば、紫煙なのか吐息なのかもわからぬ程に白く立ち上る。
 刺さるような寒さに身震いしつつ、ゴドーはベランダで一服つけていた。
 申し訳程度に突き出した庇の下では雪を避けるには不十分で、カーキ色のジャージの袖に一片二片と団子状になった結晶が融けずに残っている。
 此処までして喫むものでもなかろうと我ながら呆れるが、ベンチの上に不恰好な雪兎が二つ、ポツンと並んでいるのを見ると、苦々しさと優しさの相反する感情が湧き上がってやりきれなくなるのだから仕方ない。


 月が変わって訪れた節句に雪が降った。
 折りしも火曜日の事であって、普段なら寄りついた野良猫が気まぐれにじゃれてくる日であるのだが、今日ばかりは事情が違った。
 やってきた野良猫は小さな魔術師を伴っていて、

「一緒に雛祭はどうですか?」

 などと言ってのけたのだ。
 この場合の『どうですか』とは、誘い文句に見えてそんな生易しいものではなく、即ち『やってくれ』という命令なのだ。
 厚かましさも大概にしろ、と内心で毒づいてみるが、彼の娘には落ち度もなく、しかもゴドーはコドモに弱く、極めつけは彼自身に大層甘いのだから、結局言われるままに雛祭の準備をしてしまうのだった。

 旬の食材をふんだんに使ったチラシ寿司に彩り豊かな鞠寿司、蛤の吸い物。
 急な事だったからデザートには出来合いの桜餅と菱餅で済ませ、白酒を添えた。
 小さな魔術師はゴドーの周辺で張り切って、自らすすんで手伝ってくれたのだが、野良猫は常どおりにお気に入りの所定の場所で延びていた。
 あらかた準備が済んで、近所のスーパーに出かける段に至っても、人一倍寒さが嫌いな彼はついて来なかった。

 お決まりの和菓子と、桃の枝を一振り買って、そうして二人で帰ってきたら、いる筈の野良猫がいない。
 何処に消えたと思っていたら、コンサバトリーのベランダに通じるドアが開いてがたがた震えながら戻ってきた。
 霙から牡丹雪に変わった夜のベランダにゴドー達の外出の間中ずっと出ていたようで、すっかり濡れそぼって冷えていた。
 何を馬鹿な事をしていたんだ、と体を拭いてやりながら問い質せば、雛人形を作っていたのだ、と彼は笑った。
 指差した先に、雛人形とはとても見えない、けれど言われればそうかもしれない、と思わせる雪の塊が身を寄せ合うようにして置いてあった。
 ヒトのコレクションを勝手に千切ったらしく、観葉植物で飾られた雪兎を見て、魔術師はひどく喜んだ。
 濡れ雑巾のような義理の父親に抱きついてキスする姿を見ると微笑ましくて、怒る気力も失せてしまった。


 こうして奇妙な擬似家族の団欒を楽しんだゴドーではあったが、その為に期待していた予定を潰す事になってしまって胸中は複雑だった。

 みぬきがいる時にセックスはしない――小さな魔術師が初めて保健体育の授業を受けてきたその日に野良猫が提示した規則である。

 かなりいい加減ではあるが、保護者としての自覚はあるらしい。
 育児を全面に押し出して主張されれば、ゴドーとて従わざるを得ない。

(まったく、一人前に『人の親』みたいな顔しやがって……)

 くさくさした気持ちで、また新しい煙草に火を点した。
 ジジ……と、落ちてくる雪に濡れた煙草が鳴く。
 枯れた風味が湿気と混じり、いつも程には美味く感じない煙草。

 今頃、野良猫は書斎に設えた彼女の為の簡易ベッドで、窮屈そうに丸くなっているに違いない。
 雛人形代わりの雪兎みたいに、二人で寄り添って。
 二人で同じ夢を見るのかもしれない。
 そして自分は、あの無駄に広いベッドで寂しく独り寝をするのだ。
 まったく面白くない。

 ゴドーがそんな風にむくれて、もうもうと煙を吐き出していると、脇のガラスドアが控えめに開いて、野良猫が顔を出した。

「こんなトコロでナニやってんですか……って。こんなに煙草吸って!」
「うるせぇなァ……。お嬢ちゃんは寝たのかい?」
「えぇ。ココからだと学校遠いんで明日早く出なきゃいけないって」
「よく出来たムスメだな」
「どうせ不出来なオヤジですよ」

 八つ当たり染みた皮肉に唇を尖らせた野良猫は、上目遣いに睨んで、

「ゴドーさんなんか、拗ねてた癖に」

 と、意趣返しに図星を突いてきた。
 弁護士当時と変わらない鋭さを今も持ち合わせていて、たまに見せ付けてくるそれが小賢しい。

「別に拗ねてねえぜ。ただのヤニ切れだ」

 平静を装って答えたが、当然そんな事は見通されてしまう。
 野良猫は苦笑を浮かべて、ゴドーに腕を絡めてきた。

「何だったらホテル行きます? 駅前にあるでしょう」
「……面倒くせぇ。其処まで餓えちゃいねぇよ」
「そうですか?」

 するりと離れていく腕が名残惜しくて、強がらなければ良かった、と即座に後悔が生まれる。
 存外寂しがりな自分を、この年齢になると認めざるを得なくなってくるが、素直に受け入れるにはまだ年を重ねなければならない。

 寂しいから傍にいてくれ、と本心から言えればどんなにいいだろう。
 いつも言えずに待ってばかりいて嫌になってくる。

 だが、野良猫はゴドーのそうした気質をわかった上で、ゴドーがプライドを傷つけず克服できるように動くのだ。
 きっと、意識してはいないけれど。
 自分の弱さをありのままに受け止めて、内包できる彼だからこそ出来る芸当だった。

 だから、今日も彼は手を差し伸べてくれる。
 振り払っても諦めずに。

「だったら一緒にお風呂入りませんか? あんまり寒くて冷えたんで」
「なら出てくるなよ」
「可愛くないなぁ、ホントに……」

 憎まれ口を叩いたが、信じたとおりにコトが運んでゴドーは安堵する。
 甘えている、とは思う。
 しかし、いつも同じになるのだから、これ以上の強情もばからしい。

「頭洗ってくれるんなら入ってやるぜ? コネコちゃん」

 煙草を消して、室内へと向かうドアを開けると、控えめな甘い匂いが漂ってくる。
 一枝だけの桃の花。
 先導する野良猫を抱き寄せた袖に融け残った雪は、春めく薫りに消えていく。
 紅色のハナビラが一片、吹き込んだ外気に揺れて散り落ちた。


***

桃の節句に雪が珍しかったんで。
 

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